設計課長Sのつぶやき

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常によい目的を見失わずに・・・

常によい目的を見失わずに努力を続ける限り、最後には必ず救われる。

-ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ドイツの哲学者)-

企業としてはまだまだ若い弊社。
現在も社内は様々なシフトチェンジの渦中にあり、
同僚や先輩、後輩たち・・・スタッフ全員、
日々起こる、様々な事象や問題に対して
自分なりに模索しながら
分からない事、苦手な事に必死に挑戦している。

本当に皆、努力しているのです。

『努力は報われる』
日本には昔から、こんな素晴らしい名言があるわけだが、
世界中に惜しまれつつも、今年メジャーリーグから引退した
イチロー選手に言わせると少し違うらしい。

「どんな努力でも報われるわけではない、正しい言い方は
『質の良い努力は報われる』が本当の所です。
質を考えない努力は只の自己満足。
少なくとも自分自身はそうでした」

私なんかが想像する事すらおこがましい、途方もない努力によって
数々の結果を出してきたイチロー選手ならではのさすがの見解。

自身自身も含め、同僚たち皆んなの『努力』が
どうか報われる努力でありますように。

物知りの馬鹿は・・・

物知りの馬鹿は、無学の馬鹿よりもお馬鹿さんですよ。

-モリエール(フランスの劇作家)-

知識と知恵の違い。

一般的に学校の授業などで、教科書より教わるモノは知識。
日常生活などで、経験などにより閃くモノが知恵。

ふたつは似て非なるもの。
でも、どちらも人生において、自身を
大いに手助けをしてくれる武器(ツール)となる。

すなわち知恵のある知識人は最強かもしれませんね。

ではどちらがより重要?

知識が無くても知恵があれば、誰にも思いつかない様な発想で
経営者にだってなれるかもしれない。

知恵も知識も無い人は、何事にも純粋で素直な分、
人からはとても好かれるかもしれない。

一番厄介なのは・・・知恵の無い知識人。
自分の発想が乏しいと、知識の中での誰かと同じ事、
同じ判断しか出来なくなる。
また知識が多く、自分の知識量に自信があればあるほど
自分の知識の中に無い事を受け入れる、純粋さや素直さが
薄くなりがちで人からは好かれにくい。
だからといって一人で何か出来るわけでもない。

そんな人になってしまうかもしれない。

せっかく苦労して手に入れた知識。
そのままの形で出力するのではなく、
色々な知識に自分の思考を融合させ、
知恵という形に変換して出力させることが
本来の『知識の使い方』の様な気がします。

誰も思い付かないような斬新な発想。
残念ながら私の脳からは出てきそうもありません・・・
ならば『素直なバカ』でいたいものです(笑)

賢者とテーブルに向かい合う一対一の会話は・・・

賢者とテーブルに向かい合う一対一の会話は、
十年間もの読書勉強にまさる。

-ロングフェロー(アメリカの詩人)-

人との対話は本当に勉強になる。

もちろん私の知らない知識や、私がしたことのない経験談。
私などは思いもつかなかった考え方や価値観…
それらを聞けることが、自分にとっては非常に勉強になる。
そんな当たり前の、誰もが分かっている事は改めて言う必要もありませんね。

では自分より、知識の少ない人や経験の浅い人。
自分と似たような考え方や同じ価値観の人。
このような人たちとは対話しても、得るモノは何も無いのか?

私の答えは否である。

私は人と対話する事自体が
『自分や周りの状況に対しての考え方、思考が整理されていく』
そんな気がするんです。

『誰と対話するか』
も、もちろん重要です。でもそれ以前に、
『誰かと対話する事』
その行為自体が最も重要なのではないでしょうか。

正直言うと、情けない話ですが私はどちらかと言うと『人見知り』です。
しかし、人との対話は自分を高める『最高の手段』だと信じています。だから

ほんの少し勇気を出して・・・
よりたくさんの人と
よりたくさんの対話を

今日も一日楽しみたいと思います。

人にものを教えることは・・・

人にものを教えることはできない。
自ら気付く手助けができるだけ。

-ガリレオ・ガリレイ(イタリアの物理学者)-

物事を人に教えることはとても難しい。
こんな私でも人に仕事を教えるという機会があったりするのですが、
私の場合は先ず、その人の情報(状態)を把握することから始めます。

技術力は?知識の量は?経験値は?
これから組織の戦力となってもらうべく、適正な業務の割り当てをする為には
これらはもちろんとても重要な情報です。

しかし私が、新卒の方しかり、中途採用の方しかり
一番に重要視しているのは、その人の「ものの捉え方や考え方」です。

例えば「あなた方は会社の歯車です」と言われたとします。
これを聞いてあなたはどう捉え、どう感じ、どう考えますか?

「歯車ぁ?ふざけるな!俺は会社の都合のいい駒じゃない!」
「人(社員)を会社の道具としか見ていないのか!?」
などと、ネガティブな捉え方をする人は多いと思います。

でもこんな考え方も出来ませんか?
「歯車か・・・じゃあ俺が動かなくなれば俺から先へはエネルギーが伝わらない。
物事が先へ進まなくなる。つまり会社は俺が、俺たち皆が動かしているんだ!」
と、とてもポジティブに捉えることも出来るのではないでしょうか。

同じ人から同じ言葉を同じタイミングで聞いているにも関わらず、
全く正反対の受け取り方がある訳です。
この両極端な個性の人たちに、同じ様なアプローチでもの事を教えても
絶対に同じ様には受け取ってもらえないでしょう。

正しい道、導くべき方向というのはあると思いますが
相手にこちらの望む形の捉え方をしてもらうには
私たち伝える側にも
杓子定規やセオリーだけではなく、
相手に合わせたアプローチの工夫や努力が
大いに必要なのかもしれませんね。

反省はしても後悔はしない。

反省はしても後悔はしない。

-佐伯貴弘(元プロ野球選手)-

お恥ずかしい話ですが、私は小学生の時に色々と「反省文」なるものを
先生や母親に対して書く機会が何度かありました。
さすがに詳しい内容までは覚えていませんが
今思えばあれらは「反省文」ではなく「後悔文」だった様に思います。

例えば・・・
『今日、○○をしてしまいました。
お母さんごめんなさい。
これからはもう○○をしません。』
例えば・・・
『ぼくは、○○をしませんでした。
先生ごめんなさい。
これからはかならず△△をします。』

これではただ「したこと」「しなかったこと」への後悔だけで
少しも反省という行為には至っていません。

「してはいけないこと」を何故してしまったのか?
では、今後どうすれば「しないで済む」のか?

その行為に至ってしまった理由を明確にし、
その理由の必要性を再検討し、不要には出来ないか?
もしその理由の一部がどうしても必然なら、
しなくて済む方法、代替え案は何かないか?
その代替え案によって新たに起こる影響はどうか?
それらを総合的に判断してひとつの結論を出し、次に活かす。

        『今日、お母さんのサイフからお金を盗んで
         オモチャを買ってしまいました。
     [謝罪] お母さんごめんなさい。
     [理由] どうしてもほしいオモチャがあったけど
         お小遣いだけでは買えませんでした。
    [必要性] これからもオモチャがほしくなることはあると思うので
   [代替え案] 今日からお小遣いを貯めようと思います。
     [方法] 週に二、三度公園へ遊びに行き、帰りにジュースを
         買って帰りますが、これからは水筒にお茶を入れて
         持って行き、帰りにジュースを買うのを止めて
         それを貯金しようと思います。
 [再発防止対策] この貯金はほしいオモチャを買う以外では絶対に
         使わない様に壊さないと開けれない貯金箱に
         入れようと思います。
[想定される影響] なので、ジュースを買わなくなったからと言って
         その分お小遣いを減らすのはどうかやめてください。』

例えが実話なので少し不適切なエピソードかもですがご了承ください(笑)

これで初めて「反省文」といえるものになりそうです。

後悔だけしていてもそこに生産性はありません。
過ちやミスは誰にでもあるでしょう。
過ちやミスを犯してしまったら、
生産性のある「反省」をするように心がけたいものですね。

ここでつぶやく内容はあくまで“S”本人の主観であり、個人的な想い入れであり、非常に勝手な解釈による「つぶやき」です。
会社の運営や経営方針、経営者の見識などを反映するものではありません(笑)

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