設計課長Sのつぶやき

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計画の無い目標は・・・

計画の無い目標は、ただの願い事にすぎない。

-サン・テグジュペリ(フランスの作家)-

今日一日の目標を、計画的にこなせる人はとても大きな力を持っています。
数年の歳月を費やす様な大きなプロジェクトも、結局は個々が『今日一日の目標』を計画的に達成する事の積み重ね。

私の大好きな『今でしょ!』の林先生が試験1ヶ月前に生徒達に必ずかける言葉があるといいます。

『試験まで1ヶ月となりました。今日までの成果や努力の量は皆さんそれぞれだと思います。
それについては今はもう問いません。
但し、この1ヶ月は死にものぐるいでやりきって下さい。
この1ヶ月の過ごし方で今後の人生がほぼ決まります。
何故かと言うと1ヶ月後には2種類の人間に分かれてしまうからです。
ではどんな2種類に分かれるのか?
試験結果のケースとしては次の4つのパターンに分かれます

◇努力して合格した人
◇努力せず合格した人
◇努力したけど不合格だった人
◇努力せず不合格だった人

この4つのケースを2種類に分けるのは

『合格か不合格か』ではなく
『努力したかサボったか』
この“絶対ガンバらなきゃいけない1ヶ月”に

◇努力した人→これからの人生でも同じ様な局面に出会ってもガンバれる人
◇努力できなかった人→これからもここぞでガンバれない人
に大きく分かれます。

1ヶ月ガンバれた人は3ヶ月ガンバれます。
3ヶ月ガンバれた人は半年、1年ガンバれます。
1年ガンバれた人はずっとガンバれます。
1ヶ月ガンバれなかった人は今後もガンバれないでしょう。
だからこの“1ヶ月”が人生を左右するのです』

流石の説得力でした。

今日も一日、ガンバろー!(笑)

古いものに執着する人々にとって・・・

古いものに執着する人々にとって、新しいものは恐ろしい。君はどうする?

-ヘルマン・ヘッセ(ドイツの文学者)-

伝統工芸。伝統芸能。伝統文化…

世の中に『古き良きもの』という表現を使って説明されるものは確かに存在します。
しかし、あえてそういう表現をするという事は
それ以外の世の中にある大抵のものは『新しいもの』の方が
優れてるという事の裏返しなのかも知れませんね。

では何でもかんでも『新しいもの』を取り込めば良いのかといえば、現実はそう甘くもない。
もちろん『新しいもの』とはまだ見ぬ可能性への挑戦であり、なんかかっこいいイメージは有ります。
しかし同時に新たな挑戦へは不安が伴う。恐怖が生まれます。
その実態はコストであったり信頼であったり。それらを失うかもしれない不安。
それが現実であり、一般的に正常な感覚だとも思います。

でも不安を恐れて、古いもの、既に経験済な事だけをしていれば
進歩が無いのはもちろん、
周りが進歩していく中で一人ポツンと取り残されてしまう。

むしろそのことにこそ恐怖を覚えます。

たとえ不安や恐怖が生じても、
進歩した未来の自分はどんな自分?という『楽しみ』に変換して
これからも臆せず、新しいことへ挑戦し続けていきたいものです。

ほしいものは・・・

ほしいものは、ごまかさない言葉を使わなきゃ手に入らないんだな。

-光用千春(漫画家)-

子供の時、何かを欲しがったり、欲しかったものが手に入った時に
「大人になったら欲しいものなんて無くなるのかな?」
と思っていました。理由は次の通りです。

子供は、欲しいものが有っても殆どの場合は、様々な理由
(大きくは経済的な理由か倫理的な理由かのどちらかで)
で、ガマンをする必要があります。
そして手に入らないから更に欲しい度合いが増していく。
でも子供心に「大人になれば、自分のお金で欲しいものは買えるし
大人になっても手に入れられないものなんて、現実的に手に入らないもの。
だからそんなもの諦めて、いずれ欲しくも無くなるんだ」と。
ゆえに「大人になったら欲しいものなんて無くなる」と思っていました。

私は今年で43歳になります。もうそこそこの大人です(笑)
でも実はこの歳になっても頭の中には「欲しいもの」で溢れています。
例えば「自分のしたい事をする為の『時間』」
例えば「自分の可能性を広げる為の『色々なスキル』」
例えば「仕事やプライベートで、色々な楽しい事を共有できる『人脈』」

確かに「お金」で買えてしまう物に対して
「欲しいもの」は殆ど無くなった様に思います。

でも「お金」では手に入らないものこそ
実は本当に手に入れたいものである
「人生の充実感」
という抽象的なゴールに繋がっていくアイテムだったとは
子供の時には気付きもしませんでしたね。

大人になっても、まだ「欲しいもの」が溢れている自分を
恥ずかしがらず、むしろ誇りに捉え
欲しいものは濁さずごまかさず、はっきりと声にして
これからも貪欲に手に入れていきたいと思います。

自分の外の力に頼れば頼るほど・・・

自分の外の力に頼れば頼るほど、あなたはその力にますます支配される。

-ハロルド・シャーマン(アメリカの小説家・超心理学者)-

人ひとりの力なんて、たかが知れている。

何かに頼らなければ大きな結果は生み出せない。

『他人の能力』に頼ることで、その『他人の能力』に支配される。
では私たちは、一体何に頼ればいいのでしょう?

『他人に頼る』という事象に対して、こういう考え方はできないでしょうか。
『他人の能力を最大限に引き出す』という『能力』が、もし『自分の能力』としてあったなら
まずその『自分の能力』に頼る。それによって起こる結果としての『他人の能力』に頼りましょう。

スティーブ・ジョブズは親友ウォズニアックという“稀代の天才技術者”の潜在能力を最大限に引き出し、
天才的な発想力と天才的なプレゼン力という自身の能力を最大限に活かし、
世界中の誰もが知る「アップル」という、その後時価総額世界一位となる会社を立ち上げ、
初代マッキントッシュに始まり、数々の時代を先駆ける新商品を生み出した。

ジョブズは技術者ではない。アップルで製作された商品のどれもジョブズの技術力のみでは作れない。
技術はあくまで技術者に頼っていた。でもその技術者たちはジョブズに自分たちの能力を引き出してもらっている事を自覚していた。
ジョブズの元でないと自身の能力を発揮できない。そのことを知っていた人たちだけがアップルに残った。
ジョブズは決して技術者たちの技術力に、支配されることはなかったのです。

能力を引き出してもらった人から『感謝』をされる。
それは『他人の能力』に支配される事とは大きく違うことになるのではないでしょうか。

なぜなら、実際に私がそういう人に出会い、引き出してもらい、
そしてその人には生涯をかけれるほどの『感謝』を感じているからです。
少し大げさに言い過ぎかもしれませんが本当の事です。

これからもっとたくさんの経験をし、私もいずれはそういう人たちの『能力』が
少しでも身に付いてくれればなと思いますね。

ここでつぶやく内容はあくまで“S”本人の主観であり、個人的な想い入れであり、非常に勝手な解釈による「つぶやき」です。
会社の運営や経営方針、経営者の見識などを反映するものではありません(笑)

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