設計課長Sのつぶやき

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いつだって忘れないでほしい・・・

いつだって忘れないでほしい。全ては一匹のねずみから始まったということを。

-ウォルト・ディズニー(アメリカの実業家)-

『一匹のねずみ』とは、もちろん言わずと知れたミッキーマウスのこと。世界一のテーマパーク、キャラクターグッズ市場を手に入れた企業が、今もなお世界一であり続ける理由の根源に、
ウォルトのこの『初心忘れるべからず』が、大きな意味を持っているのだと思う。人は成長するもの。変化するもの。成長に合わせて自分の立場や周りの環境は、本人が望む望まない関わらず嫌でも変化していく。一兵卒は一兵卒との人間関係。小隊長は小隊長同士、大将は大将同士の人間関係が生まれてくる。
ならば自身が立ち居振る舞いや言葉使いなどを変化させる必要があるかも知れない。

それも成長や変化のひとつ。
そうすることで周りに順応したり認められることを無意識に期待する。

でも、相手の真摯さや誠意が本当に伝わる瞬間というのは
意外と相手の『初心』が見えた瞬間だったりするかも知れませんね。

冬があり夏があり・・・

冬があり夏があり、昼と夜があり、晴れた日と雨の日があって一つの花が咲くように、

悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく。

-星野冨弘(詩人・画家)-

いい経験もよくない経験も
成功の経験も失敗の経験も
嬉しい経験も悔しい経験も
楽しい経験もつらい経験も
仲間たちと共有できた経験も一人だけの経験も

どんな経験も、その人にとって“不必要”な経験などないのだと思う。

その全ての経験で構成されているのが『現在の自分』なのだから。

『過去の自分』も『現在の自分』も『未来の自分』も…

絶対に否定してはいけないんですよね。

世界は鏡のようなもの。

世界は鏡のようなもの。それを変えるにはあなたを変えるしかない。

-アレイスター・クロウリー(宗教家・タロットカード考案者)-

周りの環境のせいにする人がいる。

でも、その人をよく観察していると、その環境自体が
実はその人そのものが作っている環境(空気)だったりする事がよくある。
本人はなかなか気付けないもの。

私の座右の銘のひとつに『人は見かけによる』という言葉があります。
「人は見かけによらない」という昔からのことわざもあるように
「人を見かけで判断するなんて!」とご批判があるかも分かりませんが、
私は「人は見かけで十分判断できる」と思っています。それがビジネスシーンなら尚更。

それは「高価な物を身に付けてる」とか「最新のファッションを取り入れてる」と言う事ではなく、
“シンプル”に「ちゃんとしてる」という観点です。関西風にいうと「シュッとしてる」ですね(笑)
対義語でいうと「だらしない人」「見かけで精一杯個性を出そうとする人」という感じですね。

第一印象というのはあまり嘘をつきません。
仕事柄、「初対面の人」と出会う機会が少し多く、年間平均で約50~70人くらいの人と名刺を交換します。
ひと物件あたり半年~1年くらい、短い時はほんの数ヶ月しか関わらない時も有ります。
最初の名刺交換の時は大体「挨拶+打合せ」という流れなんですが、その初めて会った一日で
だいたいその人の感触というか「どんな人」というのは分かるものです。
そしてその感覚が大きく外れる事は稀ですね。

「見かけ」をちゃんとしていれば相手を不快にする事は殆どありません。
逆に「見かけ」がだらしなかったり、あまりに個性的な人は、相手にとって不快に感じさせる場合も少なくありません。
中には気にならない人もいるでしょうが少数派だと思います。

たった「見かけ」をちゃんとするだけで、こんな簡単な事で相手に「好印象(少なくとも不快とは思われない)」を
先ず持ってもらえるなら、こんな手軽なツールを利用しない手はないですよね。
「私は見かけで判断するような人は相手にしない。中身で勝負するから!」
って方はよっぽど自分に自信があるんでしょうね(笑)
私は「見かけ」がだらしない事で、試合が始まる前から与えられてしまうマイナスアドバンテージを
凌駕するほどの中身を持ち合わせてはいませんので、
せめて「見かけ」だけはちゃんとして、しっかり確実にプラスアドバンテージを頂いてから、
じっくり中身を見ていってもらう事を意識しています。

つまり『「見かけ」がちゃんとしているんだから「中身」もちゃんとしてるかも?』
という根拠のない固定概念からの解釈ではなく
『「中身」がちゃんとしているから「見かけ」をちゃんとする』
『「見かけ」なんていう簡単にちゃんと出来ることすらもちゃんと出来ないような人は、
ほぼほぼ「中身」もちゃんと出来ない人であろう』
という論理による解釈で『人は見かけによる』という表現のこの言葉が好きなんです。

「外見」が変わると「中身」も変わる人というのがいますが、それって
「外見」に合わせて自分の「中身」を無理して変えていってるわけでなはく、
「外見」が変わることで「周りの人がその人への接し方が変わる」からだと思うんです。
そうして周りから扱われ方が変わる事で本人の「中身」も徐々に変わっていくんだと思います。
自然な流れで。
例えば今まで自分の容姿に自信もなく興味も無かった女性が、新しい美容院に行って髪型やメイクを変えたその日を境に
色んな人から「最近綺麗になったね」なんて言われ続けたら、やっぱり徐々に自信もついてくるでしょうし、
美意識というものへの興味も自然に湧いてくるんじゃないですか。「周り」に「中身」を変えてもらったといういことですよね。
もちろん良くも悪くもですが。
だから「外見」を「エエ加減」にし出したら、次第に周りも「エエ加減」にしか付き合ってくれなくなるし、
「エエ加減」な人しか付き合ってくれなくなる。結果本人の「中身」も「エエ加減」になっていく。
逆に「外見」をちゃんとしていれば、周りも「ちゃんとした」付き合いをしてくれるし「ちゃんとした人」との交流が増える。
結果本人の「中身」もどんどん「ちゃんと」していく。
そんなもんだと思います。

あなたの周りの環境は・・・あなたが望む望まないに関わらず
あなた自身が作り上げたものなのかも。
「周り」に不満を感じた時は、少し冷静に「自身」を見つめ直してみるものいいかもしれませんね。

逆境もよし、順境もよし。

逆境もよし、順境もよし。要はその与えられた境遇を素直に生き抜くことである。

-松下幸之助(パナソニック創業者)-

『郷に入れば郷に従え』

これは新たな場所や社会集団に入ったら、自分の価値観と異なっていても、その集団の習慣や風俗(しきたりや習わしの意)
に合った行動を取るべき。
という『訪問者の心得』であり、
受け入れ側が『新入りは我々のルールに従え』と強要するための言葉ではない。

訪問者・・・ビジネスシーンで最もポピュラーなケースだと「新入社員」がこれに当たると思います。
「新入社員」は大きく2種類に分かれます。
学生から卒業したての「新卒組」と、社会人としての経験者である「中途採用組」

「新卒組」の人たちはいよいよ初めて社会人としての人生。皆、自分の持っている“可能性”に大いに期待し、
同時に全てが初見ということへの不安を乗り越えることも想像しながら「新しい境遇」に挑むような気持ちでしょう。
記憶としてはもうかなり薄れましたが、私もそんな感覚だったと覚えています笑

かたや「中途採用組」の人たちはどうか?
「中途採用組」の人たちは様々なケースが存在します。
今までのスキルを存分に活かせる人。前の職場での待遇が不満で未だ見ぬ自分の可能性に期待している人。
心機一転、全く新しいことにチャレンジする人。ずっと抱いていた夢に向かっていよいよ踏み切る人。
それこそ10人いれば10種類のそれぞれの“想い”や“意気込み”があるのでしょう。

しかしどの人にも共通して言えることは、皆新しい職場にとっては「新入社員」だということ。
性格にもよるとは思いますが皆、大なり小なり「萎縮」するのは当然だと思います。「遠慮」もしてしまうと思います。
しかし、この『郷に入れば郷に従え』という言葉の本質、『訪問者の心得』をしっかり意識さえすれば、
存分に自身の個性を発揮して構わないと思います。遠慮して自分を偽る必要はありません。

「新しい職場」には「あなたが必要」だから巡り合えたんです。

松下幸之助さんが何かを語る時に必ず“到着点”にするのが『素直』というワード。
人間としてはもちろん、それこそ国家単位であってもお互いが『素直』でいられれば、
戦争すら無くなるでしょうと言っている。当然、現実的には非常に難しい話ではあることも。
でも『個人』としては、決して簡単ではないが不可能でも無いでしょうと。

完全でなくても完全に少しでも近づける努力をする事が大切ですと。
あらゆる局面は『素直』になることで何らかの形で解決できる…

遠慮せずに自分に『素直』になりましょうね。

ここでつぶやく内容はあくまで“S”本人の主観であり、個人的な想い入れであり、非常に勝手な解釈による「つぶやき」です。
会社の運営や経営方針、経営者の見識などを反映するものではありません(笑)

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