設計課長Sのつぶやき

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習慣は性質の10倍の力を備えている。

習慣は性質の10倍の力を備えている。

-ウェリントン(イギリスの政治家・軍人)-

継続は力なり。
『自分は三日坊主だから…』て言い訳。直さなきゃとは分かっているけど、中々自分の性格なんて直せるもんじゃないですよ。
面倒くさがりのこの”気持ち”をコントロールできる強靭な理性があればと何度嘆いたか…

『感情は行動が支配している』と聞いたことがある。

きっかけは『感情』かもしれない、でもそれが継続するのは『行動』によるものらしい。

悲しいから泣くのではなくて泣くから悲しくなる。
相手に対しての嫌いという感情から悪態をつくのではなく、嫌うような態度を取るから嫌いになるのだと。

私は自分の認めない人に対して冷たくなるらしい。
そんな自覚は全くないのだが、かなりの人達に言われるのできっとそうなのだと思う。
これは一日でも早く絶対に直したい性格の一つである。

当面の目標はこの厄介な『感情(冷たくする)』を、
それを超える『行動(まず認める、そして誰に対しても愛嬌たっぷりで接する)』で支配してみせる!

これですね。

幸せの秘訣は…

幸せの秘訣はやりたいことをするのではなく、
やらなければならないことを好きになることである。

-ジェームス・M・バリー(イギリスの童話作家・ピーターパンの作者)-

好きこそものの上手なれ
別に『仕事』だけが全てじゃないし、それ以外の時間が充実してるし。という意見もあるとは思いますが。

そもそも人生において、『仕事』に費やす時間とはどのくらいになるのか?
少し興味が湧いたので私の場合を例に試算すると・・・

一日24時間、そのうち睡眠が4〜6時間、通勤時間も含めて仕事に拘束されている時間は11時間〜多い時は16時間以上。
てことは目を覚ましている時間が18~20時間で、その約8割は仕事の時間。
一年が365日で仕事に費やす日数は約250~280日と約7割くらい・・・ということは一年間で睡眠時間を除く約5~6割くらいは『仕事』というものに費やされる。
もちろんこれは働き始めてから定年退職を迎えるまでなので、人生全体で考えると
現在の平均寿命が80年・・・0~20歳までを学生として、定年を仮に65歳とすると、働いている期間は人生の約5~6割。

とどのつまり・・・長い人生において、約3~4割は『仕事』というものに
好む好まざるに関わらず、貴重な人生の『時間』を費やさなければいけないということ。
この数字を「多い」と感じるか「少ない」と感じるかは個人の価値観だと思いますが、
私の個人的な感覚で言わせてもらうと・・・「メチャメチャ多い!!」
だって残りの6~7割にしても、その時間を全て楽しめている人なんて殆どいていないのではないでしょうか。
学生時代なんて既に消化済みですし(笑)

人生の中でこんなにもたくさんの時間を費やす『仕事』が、
好きで楽しければ、きっと人生そのものが楽しめているんじゃないでしょうか。

逆に『仕事』を楽しめれていない人は・・・仕事以外の時間をどれだけ楽しめるか?
だとは思いますが、それってなかなか難しそう・・・。

簡単な話、仕事を好きにならなきゃ損!じゃないですか?

人生を楽しむ為に『仕事を好きになる事』・・・是非お勧め致します。

未熟ということは大切なんだよ。

未熟ということは大切なんだよ。
僕だって未熟。天狗になったらおしまいだよ。-池波正太郎(歴史小説家)-

先日、居酒屋のトイレで面白い貼り紙を見つけたのでご紹介。

謙虚さが無くなる14の兆候
1.時間に遅れがちになる
2.約束を自分の方から破りだす
3.挨拶が雑になりだす
4.他人の批判や会社の批判が多くなる
5.すぐに怒り出す(寛容さがなくなる)
6.他人の話を上調子(うわじょうし)で聞き流す
7.仕事に自信が出てきて、勉強をしなくなる
8.物事への対応が緩慢になる
9.何事も理論で解決しようとする
10.打算的になりだす(損得勘定が先になる)
11.自分が偉く思えて、他人がバカに見えてくる
12.立場の弱い人に対して、強くものを言いがちになる
13.言い訳が多くなる
14.「ありがとう」という言葉が少なくなる(感謝の気持ちがなくなる)

自分には一体いくつ当てはまるか・・・
自身を持って「これは絶対当てはまらない!」と言える項目もあれば
正直、相手に合わせて使い分けてしまっている項目も少なくないな~と(汗
でも、自分が一緒に仕事をしてて気持ちのいい人、心地よい人を思い返すとこれらの兆候は殆ど見られない。
とすると、これらの兆候が自分に出ているうちは、周りの人からすると“心地よい人”ではないということか。
そして、14の項目ひとつひとつをよくよく考えてみると、何も難しいことではないことに気付かされる。
むしろ「人として当たり前のこと」ばかり。無意識にこれらが当てはまらない人だってたくさんいてるというのに、
こんな簡単なことを意識しないと気を付けれない人間になっていたのかと・・・。

周囲の顔色を伺うのではなく、自然なかたち、素直な感覚でいるだけで
周りにとって心地よい人・・・でありたいものですね。

本当に強い人は・・・

本当に強い人は、やられてもやり返さない
だからといって、相手に屈することもないんです。

-須藤元気(総合格闘家)-

ビジネスシーンにおいて、肉体的に攻撃されるような機会はなかなか無いとは思いますが、
精神的に攻撃を受けたと感じることはよくあると思います。

個人差はあるでしょうが、人は攻撃された時、とっさに頭の中で相手の戦闘力を測り、
それを次に自身が取る行動の判断基準にしているのだと思います。意識的にも無意識にも。

短絡的に考えれば「圧倒的に強い相手」には尻込みし、「同等程度の相手」には様子を見、
「十分に勝ちが見込める相手」には反撃し返す。そんな感じではないかなと思います。

では「強い人(強いにも関わらず)はやられてもやり返さない」とはどういう事なのか。
独断と偏見で自分なりに解釈すると・・・

やられた時にすぐやり返すという行為。これは自身の不安の表れではないか?
「一度やられる」そのたった一時の結果で、自分の立場、これからの人間関係、周りの環境が変わってしまう不安。
それを払拭する為に、その変化の時間を与えない為にする行い。
それが「すぐやり返す」という行為に繋がっているのではないのでしょうか。
それは同時に「自分の地盤は非常にもろいんです」という事を相手に伝えてしまっているのではないでしょうか。

真に強い人というのは例え一度や二度、攻撃を受けたくらいでその立場や周りの環境が変わるようなことは無い。
その人の現在置かれている立場や状況が一朝一夕で身に付けた「ハリボテ」ではないからだ。

大相撲の横綱でも場所中に一度や二度負けることはあります。でも負けてもやっぱり横綱は横綱なのです。
横綱に昇進する為には厳し過ぎるくらいの数々の高いハードル(条件)をクリアする必要があり、
そのハードルの高さこそが「横綱が横綱たる所以」なのです。

不用意に攻撃を受けたからと言って、カッとなりすぐにやり返すような事をせず、
余裕を持って「ホー。なかなかやるじゃないか」くらいの感情に
自然となれるような人になりたいものです。

疑問を抱くこと、それは知識の種である。

疑問を抱くこと、それは知識の種である。

-フランシス・ベーコン(イギリスの哲学者)-

疑う事から始める。

それは『人』であれ『物』であれ『工法などの無形物』であれ。

本当にその人で大丈夫なのか?
本当にその機械は大丈夫なのか?…
本当にその方法がベストなのか?

現在の私の仕事は作図である。その図面を元請けであるゼネコンの方に『検図』してもらい
問題があれば修正し、問題がなければ承認となり製作工程に入ることで私の仕事は一区切りを迎える。

P≠NPという数学の問題がある。
東野圭吾さんに『容疑者Xの献身』という小説でも紹介された有名な難問。
自分で答えを出すこと(P)よりも、人が出した答えを正しいか証明すること(NP)の方が難しいという説。

私たち専門業者が提出した図面に対して、あらゆる角度から『本当に正しいか?』『他の方法はないのか?』
もてる限るの自身の知識・経験の抽斗(ひきだし)から幾多の別の答えを検証していく『検図』という技術。
これは建築に携わる者として必要な技術の中でも極めて高度な技術だと思います。
こういう技術を備えている方たちと、仕事で密に携われる今の仕事にとても魅力を感じています。

過去の技術者たちのそういった疑問の積み重ねが今、世の中に存在するあらゆる事象を形成している。

そしてそれらはまだまだ出尽くしてはいない

そんな高度な技術者の方たちと、日々を過ごさせてもらっている私は
ひょっとしたら知らず知らずの内に、そんな後世に残るような大いなる発見を
日常で目撃させてもらっているのかもしれませんね。有りがたい話です。

ここでつぶやく内容はあくまで“S”本人の主観であり、個人的な想い入れであり、非常に勝手な解釈による「つぶやき」です。
会社の運営や経営方針、経営者の見識などを反映するものではありません(笑)

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