設計課長Sのつぶやき

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夢なき者は理想なし・・・

夢なき者は理想なし
理想なき者は信念なし
信念なき者は計画なし
計画なき者は実行なし
実行なき者は成果なし
成果なき者は幸福なし
ゆえに幸福を求むる者は
夢なかるべからず。

-渋沢栄一(実業家)-

先日、新紙幣のデザイン発表が報じられ、
一躍“時の人”となった渋沢栄一氏の、数ある名言の中でも特に私には響いた言葉です。

風が吹けば桶屋が儲かる的に「夢を持つこと」の大切さを謳ったこの言葉。
でも風が吹けば…の様に遠回りはせずに、どちらかというと
現実的な目の前の階段を、一歩一歩確実に登る。そんな感覚の方が近いのかなと感じます。

誰しも幸せを欲します。
大なり小なり、個人差や価値観で形の違いはあれど、誰でも幸せな方がいいに決まってます。
幸せを求めることは悪くない。
ただ、何もせず一方的に求めるのは違うという事ですね。
幸せになりたい。では、その為にあなたは具体的に何をしましたか?と。

と、ここまで書いていて、ふと頭の中に一つのヒット曲が思い出されました。
それは水前寺清子さんの「365歩のマーチ」です。
言わずと知れた昭和の大ヒット曲。チータの代表曲です。

冒頭の「♪幸せは~歩いてこない だぁ~から歩いて行くんだよぉ~♪」

昭和40年代…日本は高度成長期真っ只中。
「幸せは自ら掴みに行くんだ!」と当時の日本中の人たちに勇気を与えた、
非常に素晴らしいフレーズだという事は、わざわざ言うまでもありませんが、
意外と知られていない「二番の冒頭」の歌詞が、かなり深いと思うのでご紹介いたします。

「幸せのぉ~扉はせまい だぁ~からしゃがんで通るのねぇ~♪」

幸せを求めるのなら
腰を低くし、遠慮をする。
自分の都合で突き進むだけではなく、周りの人たちに気を遣うことも時には必要なのですよと。
私はそういう捉え方をしてしまいます。真意は調べていませんが笑

自分だけが幸せでいい?それって本当に幸せ?
周りの人たちも幸せでいて、初めて自分も「本当に幸せ」だと胸を張って言えるのかも知れませんね。

幸せを掴み続ける為に、これからも周りの人たちに遠慮しながら慎ましく生きていこうと思います笑

もし何かを改革したかったら・・・

もし何かを改革したかったら、まずは子供たちからそれを始めないといけない。

-アイルトン・セナ(F1レーサー)-

この言葉の「子供たち」を、組織内の「若い世代の人たち」に置き換えることも出来るのではないでしょうか。

普段、業務中において、若い人たちに対してはどうしてもこちらから、
提言というか教示する機会が多くなってしまいます。
しかし、若い人たちの意見、発想にハッとさせられる、目からうろこが落ちる
そんな感覚になることも、実は少なくありません。

会社が何か新しい事を導入しようとした時、
若い人たちの能力が寄与する事は往々にしてあると思います。

例えば私の会社ではBIMを導入して3年。
正直まだまだ本流とは言えませんが、既存の2DCADでの作図と併用しながら
日々、活用方法などを模索しているわけですが、
私より1年遅れでBIMを触り出した若い子がいるのですが、既に私より遥かにBIMに対して
慣れ親しんでいますし、「こんな使い方どうですか?」と色々な発想で新たな発見もしてくれます。

そんな時に考えてしまうのが、既存の知識が新たな発想の邪魔をしている部分もあるのかな?と。
元々、自身の発想力が貧困なのは一先ず横に置いといての話ですが笑

「こんな事出来るのでは?」「ここをこうしてみたらどうなるのかな?」
既存の知識や経験が「こんな事…いや、どうせ出来ないだろう」「ここをこうしても…きっとこうなるに決まってる」
と、新しいドアノブを握ることを条件反射で止めてしまっているのかもしれませんね。
既成概念に捉われず、新しい人たちの新鮮な意見にもしっかり耳を傾けて、
老若男女、それぞれが互いに影響し合い、高め合える。
そんな組織でありたいものですね。

稀代の天才レーサー、アイルトン・セナが事故を起こした日を、私は今もはっきりと覚えています。
今年、令和という新元号に改められた日と同じ5月1日だからです。
特にF1好きというわけではなく、当時の日本に巻き起こっていた「F1ブーム」に
ミーハー的に乗っていただけでしたが、私自身の18歳の誕生日にTV中継で起こった悲劇。
震えながらTVにくぎ付けになったことを今でもはっきり覚えています。

あれから25年…
彼の死亡事故以降、F1界で死亡事故に直結する事故はゼロ件と聞きます。
F1関係者が全員、彼の死を悲しみ、同じ悲劇が二度と繰り返されない様にと、
本気で安全対策に取り組んだ努力の結果だと思います。

改めて、一つの時代を築いた天才レーサーのご冥福をお祈りいたします。

自由は責任を意味する。

自由は責任を意味する。だからこそ、大抵の人間は自由を怖れる。

-バーナード・ショー(劇作家)-

ビジネスにおいての『自由』とは『権限』のことを指すのだと思います。

仕事をする上で必要な資源『人、モノ、金』
これらを自由に扱える者とは、いわゆる『権限』を持っている者…。

そして『権限』を持つ者は、同時に『責任』を持つ必要がある。
『責任のない者の権限』ほど信頼できないものはないからである。

しかし私たちは勝手なもので、『権限』は欲しいくせに『責任』は欲しくないものです。

『権限と責任』
両方を手にしてこそ、初めて『信頼できる人』となれるのでしょうね。

 

予防は治療にまさる。

予防は治療にまさる。

-エラスムス(カトリック司祭・哲学者)-

私たちの建築業界では『危険予知』という言葉をよく耳にする。
危険な状況を想像、想定し、起こりうる前に打開、回避させるという様な意味

予知・・・すなわち予め知る・・・ものごとに気付く。

こんな話を聞いたことがあります。
『沸騰したお湯が入った鍋の中にカエルを放り込むと、当然カエルは慌てて飛び出します。

今度は水が入った鍋の中にカエルを入れると、カエルは何ごとも無く鍋の中で泳ぎ出します。
その鍋に非常に弱い火をかけ、ゆっくりゆっくりと水の温度を上げていくと、やがて鍋のお湯は沸騰するが
カエルは温度の上昇に気付かずに、ゆで上がって死んでしまうという。』

この『ゆでガエル』の話は何もカエルだけに限った話ではなく、私たち人間にも十分当てはまるのではないでしょうか。

はっきりと目に見えるような大きな変化が起こらない環境で何年も過ごしていると、
実は徐々に劣悪になっていくその微妙な変化には、なかなか自分自身で気付くことは難しい。

そうしてゆっくりと時間をかけて未来の自分に対しての『予防』が出来ていない状態に陥ってしまうことも。
そして、気付いた時にはもう『治療』しても手遅れなほど、事態は悪化(年齢など)してしまっていたりする。

私は数年前に、それまで18年間勤めた会社を辞め、転職をして今の会社に勤めるようになりましたが
今思えば、前の会社に勤めていた頃の当時の私にも、少しだけ『ゆでガエル』の部分があったのかもわかりませんね。

高校を卒業してすぐに就職し、人生で初めの社会人。
今の時代の様にインターネットなど無く(有ったのかも知れませんが私や私の周りの人たちとは無縁でした笑)
自分の周りの環境、それもかなり狭い視野半径の環境のみが『世の中』だと信じていたと思います。
自分の置かれている環境に『何かを疑う』ことなど、正直なところ想像もしていませんでした。

もちろん前の会社で諸先輩方に教えて頂いたこと、培った経験などが今の自分を形成しているわけで
そこでこそ知り合えた全ての人、お世話になった人たちへの感謝は今も事あるごとに思い出すわけですが、
当時、全てに納得できていたわけではなかったのも事実ですね。

出てみて初めて分かる事、本当にたくさんありました。
海外旅行をして初めて知る外国の良さ、日本の良さ。外国の不便さ、日本の窮屈さ。

一つの会社で長く勤め上げることはとても尊い事であり、そういう方たちには心から敬意を表します。
私は結果的に一つの会社で生涯を全うすることは敵いませんでしたが、

あらためて今、自信を持って心から『自分の判断は間違っていなかった』と断言できます。

 

多数の友を持つのは、ひとりの友も持たず。

多数の友を持つのは、ひとりの友も持たず。

-アリストテレス(古代ギリシャの哲学者)-

『親友は何人いますか?』
と聞かれて頭にパッと思い浮かぶのは…たった2人。
その後、ゆっくりと数人の顔がポツポツ。

『親友』の定義なんて分かりませんが、個人的な解釈は

『勝手に土足で入って来たり、たまにちゃんと靴を脱いで入って来たりする。
でも、そのタイミングがこっち側の要望するタイミングといつも合致する。』
そんな存在。

でも性格や好みは2人共私と全然違うんですよね。
要は『周波数』が合うって感覚ですかね。

無数にある『チャンネル』の中から、自分の周波数と『近い人』なら何人かはいますが
『ピッタリ一致する人』なんて、そんなにたくさんいてるわけがない…ってことで
『友達が少ない』事への弁明くらいにはなりますよねσ(^_^;)

 

ここでつぶやく内容はあくまで“S”本人の主観であり、個人的な想い入れであり、非常に勝手な解釈による「つぶやき」です。
会社の運営や経営方針、経営者の見識などを反映するものではありません(笑)
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